ネットの検索窓に浮かび上がる「稲葉 浩志 宇徳 敬子」という組み合わせは、90年代の日本のポップカルチャーが持つ熱狂と、当時の情報環境がもたらした「虚構の記憶」の残滓に過ぎません。メディア露出を絞ることでカリスマ性を高めたビーイングの戦略は、ミリオンセラーを連発する強力な武器となった反面、ファンの妄想をコントロール不能なデマへと増幅させる副作用を併せ持っていました。
稲葉浩志はロックボーカリストとして前人未到の領域を走り続け、宇徳敬子は洗練されたメロディセンスとコーラスワークでJ-POPの黄金期に確かな足跡を残しました。根拠のない恋愛ゴシップというノイズを取り払ったとき、残るのは90年代という特異な時代をそれぞれの歌声で彩った、二人のプロフェッショナルな音楽家の揺るぎない功績です。
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