人々が安易な刺激やオカルトに「見たいもの」を求めてしまう風潮とは対照的に、文化芸術の現場では、生身の人間と向き合い現実の重みを表現する真摯な試みが続けられています。例えば、女優の木村多江が主演を務めた舞台『わたしの書、頁を図る』では、これまでの彼女のパブリックイメージを覆す挑戦が話題を呼びました。メディアインタビューにおいて「ロックな姿が見たい!」という演出陣や観客からの熱狂的な要望に揺さぶりを受けながらも、単なる表面的な激しさではなく、内面から滲み出る情念を緻密な役作りによって舞台上で体現し、新境地を切り拓いた姿は記憶に新しいところです。
舞台観劇に訪れた観客の心を揺さぶるのは、キャスト陣が虚構の物語の中に吹き込む血の通った現実感です。同じように、テレビメディアにおいても安易なセンセーショナリズムではなく、現実に生きる人々の葛藤を描く番組が支持を集めています。前述の『24時間テレビ49』内の「わたしの家族の話」のように、日々の暮らしや家族との関係を見つめ直すドキュメンタリーがTVerの見逃し配信などで息長く視聴されている事実は、大衆が決して煽動的な情報ばかりを求めているわけではないことを示しています。「自分が見たい刺激的な虚構」に逃避するのではなく、「向き合うべき現実」に目を向けることの価値が、表現活動の現場からも提示されています。
Tags: