児島の都市構造を根底から塗り替えた最大の転換点は、1988年3月20日の本四備讃線開業と、それに続く瀬戸大橋の全面開通でした。瀬戸内海の埋立地に新設されたJR児島駅前には広大な再開発用地が確保され、四国と本州を結ぶ結節点として急速に都市基盤が整備されました。
この駅周辺再開発によって、従来の内陸部や港湾部に広がっていた商業機能は、一気に海側の新市街地へと吸い寄せられました。旧来の児島味野地区にあった商店街から人流が遠のき、駅周辺には大型スーパーや家電量販店、さらには倉敷市立市民病院などの公共機能が集約されていきます。かつて旧市街の生活動線上を支えていたいづつやのような既存店舗は、新駅周辺の近代的な商業施設との激しい競合に晒されることになりました。
Tags: