なぜ『水曜日のダウンタウン』はこれほどまでに視聴者をざわつかせるのでしょうか。その根底には、演出を手掛ける藤井健太郎氏特有の「メタ構造」と、お約束の徹底的な解体があります。
日本のバラエティ番組では長年、ドッキリのターゲットが「おいしい思いをした」と感謝して終わる、いわゆるハッピーエンドの定石が存在していました。しかし水ダウはその欺瞞を一切排除します。仕掛けられた芸人が本気で怒り、スタッフを睨みつけ、トラウマを露わにする姿をそのまま電波に乗せます。
過去には、スタジオのセットの一部が徐々に変化していく「違和感ドッキリ」や、出演者の発言がすべて別番組の伏線になっている実験的な構成が幾度も試みられてきました。視聴者は番組を観る際、「ただバラエティを消費する」のではなく、「画面の隅々に仕掛けられた謎解きに参加させられている」状態に置かれます。この強烈な参加意識があるからこそ、浜田雅功のわずかな視線のズレやナダルの悲鳴一つひとつが、巨大な伏線として考察の対象となるのです。
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